新潟地方裁判所 昭和29年(タ)18号 判決
原告 佐藤タセ
被告 検察官
一、主 文
昭和二十一年一月二十二日新潟市長に対する届出によつてなされた原告と亡会田松平との婚姻は、無効であることを確認する。
原告の本件離婚無効確認の訴は、これを却下する。
訴訟費用は、被告の負担とする。
二、事 実
原告は、原告と亡会田松平との昭和二十一年一月二十二日新潟市長に対する届出によつてなされた婚姻及び同年六月三日新潟市長に対する届出によつてなされた協議離婚はいずれも無効であることを確認する、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求の原因として、次のように述べた。
戸籍簿の記載によると、原告は亡会田松平と昭和二十一年一月二十二日新潟市長に対する届出によつて婚姻し、同年六月三日同じく新潟市長に対する届出によつて協議離婚したこととなつている。しかしながら、右の婚姻届出は、松平が小島ミイと正式に婚姻するのを目的として、ミイの婚嫁先をして同人の離籍手続に応じさせる方便として、原告の老母タケに依頼し原告の籍を一時借り受け、松平と原告とが婚姻したように装うためにしたものであり、また、右の協議離婚の届出は、ミイの離籍手続が完了し、松平が原告と婚姻したように装う必要がなくなつたためにしたものであつて、原告はもとより松平においても真実婚姻しまた離婚する意思なくしてなされたものであるから、これに基く婚姻及び離婚は、いずれも無効である。当時原告は母タケから右の事情を聞かされ、ことの意外に驚き、痛くタケの非を難詰したが、すでに隠居の身であつてもとより他家に嫁ぐ考えはなかつたのでそのまま放置していたが、長男庄蔵が今次戦争で出征し、昭和十九年九月四日ビルマにおいて戦病死し、原告がその遺族として扶助料を受けるため昭和二十九年四月総理府恩給局に受給手続をしたところ、戸籍簿に前述のような記載がなされている関係で、法律上その受給資格を喪失しているとして受理を拒否されたので、ここに戸籍訂正の必要上、これが確認を求めるため、松平が昭和二十五年五月五日死亡した今日、検事を相手どり、本訴請求に及んだ次第である、と述べた。<立証省略>
被告は、原告の請求はいずれもこれを棄却するとの判決を求め、原告の主張事実はすべて不知と述べた。
三、理 由
本件訴訟の要旨は、原告と亡会田松平とは真実婚姻並びに離婚する意思がなかつたのにかかわらず、戸籍簿上の届出記載により昭和二十一年一月二十二日婚姻し、同年六月三日協議離婚したこととなつているので、右婚姻及び離婚の各無効なことの確認を求めるというのである。しかして、婚姻無効確認の訴にあわせて離婚無効確認の訴を求めることが許されるかどうかは、後の判断に譲ることとするが、本件婚姻無効確認の訴も、形式上現に存続している夫婦関係の無効なことの確認を求めるというのではなくして、右各届出期間形式的に存続した夫婦関係の無効なことの確認を求めるという趣旨であることは、原告の本訴請求自体に照らして明らかである。
(一) そこで、まず、かような請求が許されるかどうかを職権によつて判断する。
一般に、過去の法律関係の存否は独立の確認の訴の対象とすることができず、かような場合には過去の法律関係の影響を受けている現在の法律状態の確認を求むべきであるとされている。このことは、過去の法律関係の存否の確定は単に現在の紛争解決の前提となるにすぎず、私人間の紛争の解決を計る民事訴訟の目的からみて直截簡明な方法でないという理由に基くものである。ところが、等しく法律関係であつても、婚姻、縁組のようないわゆる身分関係や会社の設立、株主総会の決議のような社団的関係ないし行政処分のような行政関係は、これを基本として多くの法律状態が成立発展し、また、その効果も広く一般第三者にまで及ぶものにあつては、これを売買のような単なる対立当事者間の法律関係と同日に論ずべきではなく、かような法律関係においては、それが過去のものであつても、現在の法律状態に影響を及ぼしている限り、現在の個々の法律状態の確認を求めるという煩瑣な手続を繰り返えすよりも、むしろ、過去の法律関係そのものの確認を求める方が、直接且つ劃一的な解決を期待し得て民事訴訟の目的によりよく適合するものというべきであろう。下級審における多くの裁判例が行政処分についてその無効確認訴訟を認めているのも、その基礎においてはけだしこれと同一の考え方に出たものと思われる。しかして、過去の一定期間内における夫婦関係の存否の問題であつても、それが嫡出子の推定、再婚の禁止等当事者の身分法上の関係または恩給法に基く扶助料の受給資格等財産法上の関係など現在の法律状態に重大な影響を及ぼし、しかも、婚姻無効の効果は既往に遡及するものであるから、本件婚姻無効確認の訴は、それ自体正当な法律上の利益を有する適法なものと解すべきである。
なお、婚姻無効の訴の性格が純粋な意味における無効確認訴訟であるが、或は無効を宣言する判決があるまで何人もその無効の主張を許さず、他の訴訟の先決問題としてもこれを有効と判断しなければならない形成の訴であるかは、争の存するところであるが、仮りに形成の訴と解するにしても、そこに形成の必要性が要請されている以上、右の結論が異ならないことは、いうまでもない。
(二) 次に、右の婚姻無効確認の訴が理由あるかどうかについて判断する。
いずれも公文書であるため真正に成立したと推定する甲第一、二号証(各戸籍謄本)によれば、原告が戸籍簿上亡会田松平と昭和二十一年一月二十二日新潟市長に対する届出によつて婚姻し、同年六月三日同じく新潟市長に対する届出によつて協議離婚した旨の記載がなされている事実を認めることができる。ところが、甲第二号証、証人川上ハナ、佐藤庄松の各証言及び原告本人尋問の結果を綜合すると、松平は昭和二十年六月十五日その妻ハルと死別し、その後ハルの妹小島ミイと相識り、夫婦関係を継続し、間もなくミイが懐姙するようになつたが、同人の婚嫁先では両人の関係を快としないため、その夫は死亡していたけれども容易に離籍手続に応じてくれなかつた、そこで、松平はミイと正式の婚姻届をするため同人の籍を離脱させることに腐心し、その方便として、戸籍簿上自分が他の女と婚姻したことにしてミイと婚姻する意図がないように偽装しようと考え、その旨を自分の子である川上ハナに打ち開け、たまたま原告は松平と年齢の釣合いもよく、隠居していて将来他家に嫁ぐ身でもなく、また、原告の老母タケとハナの姑とは実懇の間柄であつたところより、ハナからタケに原告の籍の一時借り受け方を懇請し、その承諾を得た上、松平が昭和二十一年一月二十二日原告と婚姻する旨の届書を新潟市長に提出し、その届出によつて前認定のとおり戸籍簿に原告と松平との婚姻が記載されるにいたつたこと、また、当時原告は母タケから右の事情を聞かされ、ことの意外に驚き、痛くタケの非を難詰した事実があつたこと、原告と松平とは従前同一町内に居住していたことがある関係で顔見知りはあつたが、別段懇意の間柄ではなく、勿論同棲した事実は全然なかつたこと、を肯認するに十分であつて、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。右認定の事実によれば、原告と松平との婚姻は、その意思なくしてなされたことが明白であるから、まさに、民法第七百四十二条第一号に該当し無効であるので、これが確認を求める原告のこの点の請求は理由があるといわなければならない。
(三) さらに、原告の離婚無効確認の訴について判断する。
離婚は婚姻を解消せしめる行為であるから、離婚が成立するためには有効な婚姻の存在を前提とすることはいうまでもない。ところで、(二)において判断したように、原告と松平との婚姻は当然無効のものであるから、この判決確定の結果、戸籍簿上原告と松平との婚姻届出の記載はもとより、協議離婚の届出記載も、抹消さるべきは理の当然である。従つて、原告は本訴においてすでに婚姻の無効確認を求めている以上、これにあわせて離婚の無効確認を求めても、かような請求は、訴の利益を欠く不適法なものといわなければならない。
よつて、原告の本訴請求中、婚姻無効確認の訴は正当であるのでこれを認容し、離婚無効確認の訴は不適法であるのでこれを却下すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 渡部吉隆)